4月23日、チャイム
大きなあくびをしながらやってくる朝の光
それがなつかしい夕暮れを思い出させてくれる
淡雪の中にたたずむテトラポットはどこにいっただろう
階段をのぼったときに見える眩しい世界さえここにはなく
すぐに目を細めていた、あの人の弱い癖を思い出す
物悲しくて、切なくて、おぼつかなさからはとおく、そうっと射す
そう今日の朝ちいさな手をかざして見た光のような
「次にくる季節は夜の風が連れてくる」
わたしはそう思っているのだけど
たしかに風は変わった。
向きや匂いや温度や湿度と言ってしまえば
それはそうなのだけど。
ほんとはもっとドラマチックな感じ。
冬と春の間には一体いくつ季節があるのだろう
同じ季節は二度とめぐらないとしたならば
わたしはあといくつの季節を渡ってゆけるのだろう
ヨワリエエカトル。
かみさまのなまえ。
夜の風。
かみさまはいろんなことができる。
もしかしたら季節はいくつ、と
かぞえることなんてゆるさないのかもしれない。
それは織物のようなもので
かみさまは世界にある
あらゆるものを織ってつなげられる。
思うままではなかったとしても。
隙間なく、いくらかの断絶も
そこにはきっとなかった。
かみさまのなまえを口ずさみながら
そうやってつづいてきた世界をおもった。
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