9月10日、穏やかな猫
わたしたちはおやすみも言いあわずによく眠った。
キッチンには、飲みかけのレモンティーと煙草の吸殻。副流煙が目にしみる、と言ったけれどあなたはそれを嫌がることはせずにいつも隣にいた。
半分開いたままのカーテンから光の差す朝。
そこから伸びる影が薄くオレンジに色づく夕方。
アサリの貝殻がシンクのネットに溜まったままの夜中にも。
それぞれの毛布と布団に潜り込み、
それぞれの体温でそれをぬくめながら
わたしたちは穏やかな猫のように丸まった。
うずくまるのではなく、そっと優しく空気を抱くようにして。
あいしてる、と3回唱えると誰のこともあいせてしまう。それがわたしの得意なことだったけれど、あなたには通用しなかった。半分しか入っていないコップに、水が満ちていくようだった。喜びのようで、幸いのようで、切なさであり、寂しさだった。きっちりと表面張力を体験したコップはいつもギリギリの感情を抱えて極まっていたから。
どうでもよくないことはあったけれど
どうでもいいことばかり話した。
ほうきでスミバキをするような正確さよりも
ゆるんで咲く花のそのタイミングのような自然さを大切にした。
明日のことよりも
今日のことばかりを選んだ。
解けるようにして季節は進む。
時計の針の刻む音も猫たちには関係のないことだった。
「たまには、ハッピーエンドを」
言ったのはあなただったけれど
願っていたのはわたしだったのかもしれない。
ふと、副流煙などのぼらぬキッチンで目に涙をためていたのはわたしだった。煙草の吸殻はもういっぱいだった。
手と手を重ねてどこへでも行きたかった。
もう、あなただけでよかった
のに、いとも簡単にあなたは毛布と布団から抜け出していった。
どうでもよくないことを話さなければいけなかった?
正確さも大切だった?
明日のことだって選べばよかった?
うまくうなずけなかった。
飲み込めなかった。
びょうびょうと泣いた。
あなたとの最初で最後のことだった。
あいしてる、と3回唱えると誰のこともあいせてしまう
それがわたしの得意なことだったけれど、あなたには通用しなかった。
あなたがわたしをあいしていたからだった。
けれど、あなたが去っていった。
おやすみ、いつも待ち望んでいた言葉だけを残して。
*
「神様ほんの少しだけ 絵に描いたような幸せを
分けてもらうその日までどうか涙を溜めておいて」
くるり『奇蹟』
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